“こういった破局は、人類史のなかでもはあまり例の無かったことだ。豊かな生活・男女平等・個人の自由・民主主義といったアチーブメントを成し遂げたにもかかわらず子どもが半減していく事態を、まだほとんどの国は経験していない。そのくせ表向きは豊かな生活が続いているものだから、この破局を、破局として認識する人はあまりいない。”
さらにこちらでは
“特に分かりやすいのは、国を「先進国」「発展途上国」と大雑把に分けるのではなく、所得を4つのレベルに分けて、そのレベルの変化がいかに人間の生活の質を変えていくのかという具体的なデータに基づく説明。 その視点で見ると、世界は明らかに良い方に変化してるんですよね。 災害の死亡者数も減ってるし、極限の貧困は減り、人口の増加にも歯止めがかかるのが見えてる。”
— 「ファクトフルネス」は、2019年に日本人がまず真っ先に読むべき1冊だと言えると思います。|徳力基彦(tokuriki)|note
“これは、いかにも21世紀的な現象のように見えるが、実は、少しも新しくない。 古代から中世にかけては、それが社会の常態だった。 金持ちは貧しい者たちに施しをする。 貧しい者たちは、金持ちに嫌われると施しを受けられなくなるので、いつも金持ちにヘコヘコしている。 そうやって、金持ちは貧乏人たちを支配してきた。 その流れが変わったのは、ほんの、ここ2世紀ぐらいのことだ。 金持ちが直接金を貧乏人に配ると、上記のような形で、金持ちに権力が生まれ、貧乏人は金持ちに逆らえなくなる。 この問題を解決するために、人類は、「金持ち → 貧乏人」という富の分配を、「金持ち → 政府 → 貧乏人」という形にする方式を作り出した。すごいイノベーションである。というか、レボリューションである。 このレボリューションによって、ようやく、貧乏人は、実質的な言論の自由を手に入れ、金持ちの言うことであってもダメなものはダメと言えるようになったのである。 つまり、SNSで金を配ることで、人々を支配するやり方は、時代の歯車を逆回転させるものであると同時に、数千年の人類史によって有効性が証明され続けてきた、鉄板中の鉄板の権力獲得方法なのである。人類を永きに渡って支配し、抑圧してきた、古の悪魔を復活させる秘術なのである。”
“ もし「あ」という名字の人がいれば、どんなメンツになっても出席番号「1」は確実。しかし、姓氏研究家の森岡浩氏によれば、これは存在しない名字なのだという。 「私の調べた限り、日本人の名字として“あ”は存在しません。漢字で『阿』と書く名字はあるが、“おか”とか“ほとり”と読みます」 では、実際に最初になる名字は何なのだろうか。 「“あい”さんでしょう。漢字で書くと『阿井』が一番多く、他にも『藍』『相』『愛』などいくつかの種類が存在します」 では反対に、出席簿の最後になる名字は? 「よく“ん”で始まる名字を教えてという問い合わせがある。ネット上では『兼坂』と書いて“んねさか”と読むなど、いくつかの名字が紹介されているが、これはウソ。実際には“ん”から始まる日本の名字は実在しない」 実在する“最後の名字”は、千葉県にある「分目」さん。 「“わんめ”と読む難読名字。千葉県市原市周辺を発祥とするもので、地名が由来です」 ※週刊ポスト2014年1月17 日号”
