“この前タクシー乗ったんですが、パリッと制服を着た運転手のおじいさんが「虫が入り込んだようですねぇ…」って呟いていたので強キャラの執事だ!って勝手に盛り上がってました。”
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“アラフォー男性の集まりに、24歳の女の子を連れて行ったんだけど、おじさんたち24歳とJKの区別付いてないから、24歳に振る話題が微妙に的外れで、気を使った24歳がずっとJKノリで返してたるの見てて居た堪れない気持ちになった。”
先生が言っていた。卒業まであと50日をきったらしい。受験までは40日ほど。冬休みが明けてから毎日のように同級生と話題になるのは必ず受験後の予定について。「受験終わったらどこ行く?」「もうすぐJKだね」「はっちゃけようぜ」みんながいつもより生き生きとしてみえて眩しい。学年のグループラインには修学旅行のときに同級生が撮った如何にも青春と呼びたくなるような素敵な映像が送られた。そこで思った。「青春」は何故「青い春」と書くのだろう。調べてみたら中国の神話にでてくる東西南北の四方それぞれを守護する聖獣が由来だそう。東方は春を象徴する青龍が守り、南方は夏を象徴するを朱雀が守る。そして西方は秋を象徴する白虎が守り、北方は冬を象徴する玄武が守る。色で言うと、青が春を、朱が夏を、白が秋を、黒が冬を表わす。ここから人生のうち、若々しい時期を春にたとえ、その春を象徴する色の青を組み合わせて、青春と言うようになったらしい。青春についてこんな美しい詩を見つけた。無名の作詩家サミエル・ウルマン氏によって書かれたもの。「青春とは人生のある時期を指すのではなく、精神の在りかたを指すのです。 優れた創造力、たくましい意志、燃えるような情熱、 臆病な弱い心を打ち破る勇気、困難に負けない冒険、 このような心の在り方を青春と言うのです。 人は年齢を積み重ねるだけで老いるのではなく、 生きていく希望を失った時、初めて老いるのです。 年月は皮膚にしわを増やすが、生きる情熱をなくすと、 その人の心にしわが増えるのです。 人は、七十歳であろうと、十六歳であろうと、心に変化を求め続け、万物への尊敬の念を抱き、決してへこたれず、 子供のような探究心と生きる喜びを持ち続けば、その人は青年です。 」いつか年老いて自分に美しさを見出せなくなった時にこの詩を思い出せたら良い。大切なのは心の在り方なのだと気づかされた。詩だけじゃなく、青春について書かれた音楽も好き。Shout it out 「道を行け」SUPER BEAVER「青い春」エレファントカシマシ「今宵の月のように」スピッツ「春の歌」BUMP OF CHICKEN「記念撮影」radwimps「青と羊と君」とかもう挙げればキリがない。これをみているあなたが青春と聞いて一番最初に思い浮かべるものはなんですか。私が思い浮かべるのは小学校のときに私をよくからかっていたある男の子。それがきっかけで泣いたこともたくさんあったけれど、六年生のときに彼が私のことを好きだったことに気付いて上手く好意を伝えられないその不器用さを愛おしく思ったし、何よりこんな私を好きな男の子が一人でもいたことにとても嬉しくなった。最近、大人になりたいと子どもでいたいを行き来してる。
“Young girls need to learn that sexiness isn’t about being naked.”
— Marc Jacobs
ジョーは酒場で論理学の教授と知り合った。
「論理学ってのはどういったもんですか?」
「やって見せましょうか。お宅には芝刈機があります?」
「ありますよ」
「ということは、広い庭があるわけですね?」
「その通り!うちには広い庭があります」
「ということは、一戸建てですね?」
「その通り!一戸建てです」
「ということは、ご家族がいますね?」
「その通り!妻と2人の子供がいます」
「ということは、あなたはホモではないですね?」
「その通り!ホモじゃありません」
「つまりこれが論理学ですよ」
「なるほど!」深く感心したジョーは、翌日友人のスティーブに言った。
「論理学を教えてやろう。君の家には芝刈機があるか?」
「いや。ないよ」
「ということは、君はホモだな!!」
“車で走ってたら、小さい子を後ろに乗せたお母さんが自転車で側道を爆走してたんだけど、いつのまにか後ろのちびっこが買い物袋から長芋を取り出してそれをコンクリの壁にガーっとこすり付けてて、どんどん短くなっていく長芋と舞い散るとろろに「アアアァァァーー!!!!」と思いながら通り過ぎた…”
“「楽しいことでも 毎日続いたら それと気づかずに 退屈と変わらないね」 子供ワイ「そういうもんなんやろうなあ。深い歌詞や」 大人ワイ「人生辛いことが多いし楽しいことが続くだけで十分やろ。多少退屈に感じても辛いよりマシや」”
“30代に入って胃が衰えたと感じたら一度二郎に行ってほしい。二郎がいけるうちは大丈夫だし、二郎を食べて死ぬような思いをしても30代ならたぶん死なない。僕は50代のはじめまでは二郎いけました。二郎はものさしになるんだ。”